カレーのルーはB型

主に千年戦争アイギスの感想とかです。喋りたがりなので自己満足で吐き出しています。

アイギスとの付き合い方を考える(た)夏

 最近、アイギスをプレイすることに苦しみが伴い始めました。それは「アイギス自体がクッソつまらない」という意味ではなく、アイギスとの付き合い方を考えてあれこれ悩むのが苦しい」という意味です。何故こんなにも苦しいのか、そもそも何故アイギスとの付き合い方に悩み出したのか、色々と自分自身ですら分からないことへのガサ入れです。

 結構、ヤバい精神状態で書いていったからか、文が乱れています。具体的には途中からですます調じゃなくなります。どうか赦して頂きたい。

 

 とにかく、息が苦しいです。気分的な「息苦しい」に加えて、悩みが臨界点に来てるからなのか、物理的にも息苦しいです。胸の奥がつかえてる、ムズムズするけど何処が痒いのか分からない、あるいはその両方の感覚に襲われています。今。

 

 更なる苦しみを恐れずに苦しさの原因に向き合う。正直なところ、面と向き合うと精神が崩壊しそうというか、精神を何処かに持って行かれそうなのですが、こればかりは自分自身で決着を着けるしかない。「ブラウザ/ソーシャルゲームの悩み」という限定的過ぎる悩み故カウンセラー等いない。いや、正真正銘のカウンセラーなら適切にカウンセリングしてくれるのかもしれない。しかし、正真正銘のカウンセラーでなくても、むしろ正真正銘のカウンセラーでないからこそ、私の周囲に私の悩みを聞いて共に解決への方法を探ってくれそうな人物はいない。全ては私自身で処理していくしかない。

 

 何がそんなにも苦しいのか。アイギスへの課金が嫌なのか。そうではない。月1万くらいまでなら十分許容できる。それ以上の課金に躊躇いがあり、一種の罪悪感がある。

 月1万の課金では欲しいキャラなど永遠に引けないかもしれない。しかし、それでも、いつかは巡り会えるかもしれない。少なくともその時が「今すぐ」でなくとも私は構わない。何なら私自身が現在の不安定な精神状況を脱して、欲しいキャラの為に数万を注ぎ込めるようになるのを待つこともできる。 

 課金への罪悪感は何なのか。自分の中にソシャゲに数十万注ぎ込む行為を「=悪」とする考えがある。学生時代にソシャゲが世に拡がり出した時「ああはなるまい」と思っていた。

 しかし、着実に自分の感覚はその方向に、自分自身が「悪」と考える方向に歩みを進めて来てしまっている。学生時代の私なら月1万の課金ですら「ありえない」と断じていただろう。だがどうか、今では「月1万くらいは」と、許容している。最早、片足の踝くらいまでは何かに浸かってしまっている。

 少しだけ希望的観測があるのならば、学生の1万と社会人の1万は重みが全く違う。その点だけは「就職し社会人になったから」という状況の変化で説明を付けられる。しかし、「課金額の膨張が給料の延び幅をいつか追い越してしまうのではないか」という危惧もまた無視することは出来ない。

 つまるところ、課金そのものよりも「課金額が増えること」を恐れている。このままでいいのか。何処かで自制を働かせるポイントが来るのか。来ないかもしれない。何と言っても「もう無計画に結晶は割らない」と決意した僅か半月後にその決意を反故にする人間だ。いざという時に課金を抑制できる強い自意識があるとは思えない。課金額の膨張にズルズルと引き摺られていく、その場合は最悪人生が終わるよりも悲惨なことになるのではないか………

 

 別にアイギスというゲーム自体が嫌いな訳ではない。(自分の中で)適度な額であれば課金への抵抗もない。ただ、今後課金額が増えていく可能性に危機感を抱いているだけだ。

「何が課金額の膨張を誘い得るのか」といえば、それは間違いなく「欲」。そのキャラを手に入れ、好感度を振り、寝室で懇ろになり、寝室で足りなければ自信の脳内で好き放題弄んでやりたいという「欲」。「欲」は恐ろしい。人類が太古の昔からあの手この手で克服しようとしてきたのだから、きっと人類誕生当時からアイギスへの課金は決定付けられていたのだと思う。一部の聖人や修行者が厳しい生活の果てに欲を克服できたのかもしれない。しかし、その裏できっと無数の名も無き王子達が、欲に負けパリンパリンと………くっ。

 何だか話が逸れた。まぁ、「太古の昔より〜」のくだりはアレだ、言い過ぎたかもしれないが、欲望に勝つのは難しいというのは事実だろう。そうなると、つまり、ある程度は欲に負ける前提でアイギスと付き合わねばならないということになる。とにかく、人間の理性に期待はできない。「友達のアイツは欲に負けやがったけど、俺はそうはならないぞ」とか思ってはいけない。君も負ける。負け方は分からないが、十中八九欲には勝てない。肝に命じておくがいい(自戒)

 

 結局、「欲には勝てない」ということしか分からなかった次第です。そして、欲への対抗手段を考えることになるのです。一番の究極的方法はやはり、アイギスを絶つことでしょう。「欲を絶つ=アイギスを絶つ」です。未練は残ると思いますが、無理ではない……ような気はする。

 すごいですね。「アイギスとの究極の付き合い方はアイギスと付き合わないこと」とか。何かアレですね。剣の道を極めると無刀に至るみたいな……いや、全然違うんですけど。

 しかし、今の私にはアイギスを絶つことは恐らく無理でしょう。無理ではないと書いた傍から何やねんって感じなのですが、無理ですよ。何故なら、アイギスを絶つということは人間関係のラインを絶つということになるからです。

 私は人間関係の中の友人関係のラインが常時1本、場合により多くて3本くらいしかないのです。そして、その唯一の1本というのがアイギスコミュニティ*1という訳です。

 流石に私がアイギスを辞めたからといって、即座に友人関係を解消してくるような脆弱なラインではないと信じていますが。しかし、アイギスを辞めると居辛くなるのは確実です。アイギスを止めてあのコミュニティに常駐するのは私自身が耐えられなくなると思います。

 

アイギスを絶つ→友人関係のラインから離れる→この世界で更なる孤独のボディブローを浴び続ける

 

 流石に悲観的な誇大妄想が過ぎるかなぁという気がしますが、現在の私の精神状況を鑑みるにそこまで離れてはないと思います。そう、このコミュニティを失うという事は日々のかなり多くの時間を孤独に過ごす事を意味します。今でも一人暮らしを始めてかなりの孤独を感じている私です。今以上のスリップダメージを受けながらこの世に生きるのは正直言って、すごく、つらい。

 

 という訳で、アイギスを絶つ、辞めるという選択肢は現在考えておりません。実際、自分が感じているアイギスの楽しさの大半は「気の合う友人と同じゲームをわいわいやっている」という部分でもありますし。

 友人、友人と、苦しみの原因を友人の所為にしてしまっている感が出てしまいました。しかし、全ては間違いなく自分が原因です。欲を抑えられないのも、課金額の膨張を恐れているのも、全ては自分に原因があるのです。

 

 

全て、孤独に耐えられない私の精神が弱いだけの話です。

 

*1:アイギスを通じて知り合ったという訳ではなく、以前からの友人間のコミュニティでアイギスが流行っているという状態です。